①社会人になってからの制作活動との向き合い方
「趣味」から「生き方」へ
好きなことにたくさんの時間を使って生きていきたい。
それは私が学生の頃から大切にしてきた思いでした。
絵を描くこと、ものを作ることが好きで、今も昔も多くの時間を制作活動にあてています。
好きなこと、やりたいことは来るかも分からない老後の楽しみにせず、今やりたい。
いつ死んでも「やり残したなぁ」と思わない生き方をしたいと思い始めたのは、学生の時に経験した大好きな祖父や友人との別れがきっかけでした。人生で経験してきたたくさんの出来事が、私の価値観に大きく影響を与え、今の私になりました。
社会人になってから、制作活動との向き合い方が少しずつ変わってきました。
学生の時は自由に使える時間が多かったため、好きな時間に絵を描くことができていました。
「趣味」は侵害されないセーフライン
大学生の頃は絵が専門ではなく、専攻していた分野とは別に、空いた時間を見つけてアクリルや水彩で絵を描いていました。どちらかというと、趣味の感覚に近いものだったと思います。
正確には「趣味ということにしていた」の方が近い感覚な気がします。
進学先は美大でしたが、イメージと違って意外と画家を目指す人が少なく、公募展に向けて作品を作っていた人は片手で足りる人数ほどでした。
それでも大学には制作を許容する環境がありましたが、それでも私は「絵を趣味で書いている」ということにしていました。1歩大学の外にでて昔の知り合いに「大学では美術の勉強をしている」と言った時、「趣味を大学で続けられて良かったけど卒業後はどうするの?さすがに続けないでしょ?」と言われたことがあるからです。
「あ、そういうふうに見えるんだ!」と素直に衝撃だったことを覚えています。今でこそYouTubeやSNSなどで「画家」を公言している人が増え、少しだけ身近な、風当たりの優しい空気感になってきたと思いますが、当時の自分には「いや、絵で食べてくつもりだよ?」なんて言える胆力も自信もありませんでした。
社会人になっても絵を続けていく、これは私にとって「好きなことをして生きていく」上でとても大切なことでしたが、それでも私は人の目を気にしていたのか、自分の腕に自信がなかったのか、自信を持って公言することはできませんでした。
地方の美大に進み、周りにたくさんいたはずの「好きを追求しに来た人たち」は皆、自分のやりたいことに折り合いをつけて一般企業へ就職していきました。ずっと絵を続けたい自分が、いつまでも大人になれない人だとまわりから見られていないかと、考えることが怖かったからです。
夢を追いたい自分を守ってくれる言い訳が「趣味」という盾でした。
「自分で仕事を作る」という選択肢
大学院の授業で起業について学ぶ授業がありました。希望人数2人。よく開講されたなと思うほどの少数精鋭の授業でした。
大学院に進学した動機の半分くらい「学部4年で自分が持てた選択肢の中から仕事を選びたくない。もっと知見を広げる時間がほしい」といった時間稼ぎの意味も含まれていました。絶対自分は4年じゃ足りないと予想し、進学費を稼いで親を説得し選んだ進路。そんな中で受講をしたのがこの起業について学ぶ授業でした。
この授業では、自分でビジネスの事業所を作りました。私が作ったのは「空き家を活用した絵画教室&制作ベース」の起業案でした。
当時地域活性に関心が強く、熱中して事業計画を作り込みました。
自分が持っているもの、できることを仕事になるラインまで落とし込む過程の中で「自分の好きなことで生計を立てたい」という、ぼんやりした憧れだったものが、気づけば確かな意思に変わっていたのです。
絵画教室であれば、自分もその中で制作を続けていける。
海外に出て世界に挑戦するイメージのプロの画家より、自分がやりたい形に近いビジョンに落とし込めた気がします。
社会人でも絵を続けたい
大学を卒業し、社会人になりました。
初手から独立なんて博打をできず、選んだ仕事は障害福祉分野でのアートの先生。しかも副業可。ここで働きながら経験を積んで、将来は独立しようという作戦でした。
社会人になって最初の2年間は仕事を覚えることに必死でした。仕事と制作を両立しながら、ちょっと油絵にも手を出しつつ、休みの日に余裕があったら絵を描く生活でした。
もっとアートに対する知見を深めたい気持ちはありましたが、正直どうやって勉強すればいいのかもよく分からず、展覧会に行って作品を見たり、とりあえず描いたり、という手探りの状態でした。
公募展での評価が自信につながった
社会人2年目の頃、公募展に応募した絵が大賞をいただきました。
今までは写真を元に絵を描いていました。と言うのも「絵は上手であればあるほど良い」という固定概念が、頭では違うと思っていてもなかなか自分の作品でできていなかったのです。
しかしその絵は何枚もの参考資料を見ながらスケッチを重ね、最終的には旨を張って自分にしか描けない絵になったぞ!と思える仕上がりになった自信作であり、自分にとって今までの描き方を変えた挑戦作でもあったので、最高の賞をいただくことができてすごぐ自信に繋がりました。
どう進んでいいか手探り状態だったところに道が見え、もっと絵を描きたい思いが強くなりました。
その後も別の展覧会で最高賞をいただいて、少しずつ自分の絵に自信が持てるようになって「趣味で終わらせたくないんです」と言えるようになってきました。
【職業:画家】
私には大学受験の頃から絵を見てくれている画家の先生がいます。
個人で絵画教室を営む先生には、高校・大学・社会人と現在進行形でお世話になっています。地元の県で活躍する歴とした【職業:画家】な人で、ずっと面倒を見てくれている第二のおじいちゃんのような存在でした。
おじいちゃん先生は私にとって1番身近な「やりたいことを生きがいにした人」で、目標のような人です。
おじいちゃん先生は、私にたくさんの芸術の話を聞かせてくれて、さまざまな人との出会いをくれました。
連れて行ってもらった個展で、地元で活躍するたくさんの画家とお話しをする機会もありました。私が「最近やっと社会人になったのですが、働きながら絵を描き続けるって大変なんですね」という内容の話をすると、その人は「そこを乗り越えていかないと話にならないからね」と笑いながら話していました。
やっぱりそうだよなぁ…と思いました。最近ちょっとずつ自信がついてきて、やる気はあったのですが、今の給料を維持しつつもっと制作をする方法の検討はつきませんでした。でも、そこを乗り越えてきた【職業:画家】先人たちの言葉や作品には「今がベストじゃない」と、私にもっと上を見せてくれる力がありました。
自分にとって「画家」は単なる職業ではなく、絵の探求を通じて自分を見つめ続ける、「生き方」を探りつづける人のようなイメージへと変わってきました。すごくかっこよくて、自分も少しずつ目指そうという指針になりました。
仕事中心の生活を、少しアートに寄せてみる
そう思ってなかなか進めていなかった私に、転機が訪れました。
社会人3年目。働き方が少し変わって、残業や仕事の頻度が少し下がる時期があり、自分の制作について見直す時間ができたのです。
もっと制作を続けたいのに環境が…仕事が…時間が…
その時、「自分の好きなことで生計を立てたい。そのために、このままずっと会社員を続けていくわけにはいかないのに、副業や次の準備を何もしていないな」と思い至りました。
制作時間を確保するだけで必死な2年間を終え、 3年目にようやく「制作の頻度を上げたい、次のステップに進んでもっと成長したい」という気持ちを再認識し、実現する機会に恵まれたのです。
絵をもっと学ぶ時間をつくる
そこでまず始めたのが、絵の先生に本格的に習うことでした。
それまでは大学受験のデッサン教室の延長のような形で時折絵を見てもらう程度でしたが、新しく週に1回、おじいちゃん先生の営む絵画教室で本格的に絵画制作をするようになりました。
生徒用のアトリエを自由に使えるようになり、家では大きくても50号が限界で油絵なんてもってのほかだった制作環境が変わり、アトリエでは100号の大作や油絵にも取り組めるようになりました。同じく絵を描く仲間との出会いもあり、1人で描いてたまに先生に見てもらうだけの狭い世界で制作していた世界が広がった感覚がありました。
油絵を本格的に描き始めて、表現の楽しさが一気に広がりました。絵の具の使い方や 筆、ナイフ、道具の違いで絵の表情が変わることがとにかく楽しく、他の人の作品を見ることで、今まで分からなかった「描き方」も少しずつ見えてきました。
その楽しさに背中を押されるように、私はそれまで以上に絵の世界にのめり込んでいきました。
絵を仕事にする方法は模索中…
ずっと頭の中でぼんやり「どんな仕事なら独立できるか」と考えていましたが、最適解は未だに自分の中で見つかっていません。
多分最適解は考えてても見つからないので、とりあえず一旦なんかやってみよう!
そんな感じで興味をもって始めようと思ったのが絵の販売…でしたが、現時点ではちょっと描いてみたくらいで特に形になっていません。まさに道半ば…1歩歩き出したかな、くらいのところにいます。
自分の好きな制作の情報発信をして、ゆくゆくは絵の販売の拠点にもできたら良いなと思い、この頃にブログを始めました。なにか次の自分に繋がらないかと、現在試行錯誤しています。




